細部は互換性のあるものだ。
すべての人間と交換可能なものである。
世界大にまで流通や拡大が可能であるということだ。
これこそパソコンの特性だ。
そして、第四が、清潔さである。
若者が、さらには社会の隅々までが、美しくなった。
そして、なによりも、ほこりを嫌うのがコンピュータだ。
しかも整理魔である。
T、1937年東京生。
マンガ家。
年東京生。
マンガ家。
60年代後半、代表作「ねじ式」「紅い花」で−世を風寵した。
底辺を生きる民衆の暗い情念を描いた私小説風作風は、いまだに熱烈なファンを持つ。
パソコン型社会に求められる生き方しかし、個人主義的で、迅速・性格・清潔好きなのは、若者に限らない。
日本国民全部が、大なり小なりそうなった。
思い起こして欲しい。
一九六四年、東京オリンピックの年だ。
東京の環状線沿いに、時ならぬ塀がたった。
オリンピック観戦にきた外国人から、美観を損ねるような東京の汚さを、一時的にせよ隠すためである。
姑息なやり方で恥ずかしかったが、しかしそれが日本の、日本人の現状だったのだ。
隠すという方法しかなかったということだ。
だが、現在、大都会で、東京が世界中で最も美しい清潔な街になったのである。
東京だけではない。
田舎の、僻地の隅々まで、つげ義春が愛した「場末」などどこにもなくなったつまり、パソコン社会が生み出した世界を、私たち全部がごく普通のものとして生きているということだ。
それが現在である。
問題は、それをただ流れとして受動的に受け入れるのか、その流れに樟さして、パンパン仕事をするのかということにある。
私は進化論者だから、もちろん後者を取る。
進化論者でない人にも、そうすることを勧め私が若者を見る視線の基本は、私の子どもたちの観察から得たものが多い。
長男は、サッカースポーツ少年だった。
ボールを蹴ってばかりいて、本を読むなどということはついぞなかった。
本で興味を示したのは、Kの『オーバ!』だけだったような気がする。
もちろん写真のほうを見たのだろう。
五○代からの新しい挑戦大学は、文科に進んだ。
夏休みに帰省したとき、K『哲学者クロサキのMSlDOSは思考の道具だ』(アスキー)を読んでいた私から寸借して読み、パソコン青年に変身した。
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